大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)1312号 判決 1970年9月10日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

<前略>

原判決は、「被告人は法定の除外事由がないのに、昭和四三年一〇月八日午後一〇時五〇分頃茨城県那珂湊市美田多地先那珂川において、さけを採捕する目的で、川舟からかさねさし網を河中に流し、もつて内水面において禁止漁具であるかさねさし網を使用して、さく河魚類であるさけの採捕行為を行つたものである」との水産資源保護法(以下法という)二五条、三七条四号違反、茨城県内水面漁業調整規則(以下規則という)二七条四号三七条一号違反の各公訴事実に対し、法二五条および規則二七条にいう採捕とは、とらえること、掴えること、少くとも容易にとらえ得る状態になつたことをいうものと解する。採捕すべく採捕行為に及んでも、とらえなければ、掴えなければ、容易にとらえ得る状態にならなければ、それは、採捕の未遂である。本件においてさけをとらえたことはもちろん、容易にとらえ得る状態になつたと認め得る証拠はない。そうすれば未遂は罰せずである。法二五条および規則二七条は、いずれも、採捕してはならないと規定し、採捕行為をしてはならないとは規定していない。そして、未遂を罰する規定がない。として、被告人に対し無罪の言渡をしたのである。

所論は、要するに「法二五条および規則二七条にいう採捕とは、採捕の方法を行うこと(採捕行為)をもつて足りるものと解すべきであつて、原判決の採捕に関する右解釈は誤りである。原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるから、破棄を免れない」と主張する。

法二五条は「……さけを採捕してはならない」と規定し、法三七条四号には「二五条の規定に違反した者」と規定している。また規則二七条は「次の各号に掲げる漁具又は漁法により水産動植物を採捕してはならない」と規定し、規則三七条一号は「二七条の規定に違反した者」と規定している。一般論として、いわゆる行政的刑罰法規はその規制対象が市民社会の基本的生活秩序とは一応遮断された派生的生活秩序であり、それぞれの行政目的に応じて特殊的であるため、法規に使用される言葉も技術的であつたり、また規制秩序の特殊性からその言葉が日常用語的意義と異つた意義をもつ場合が多いので、目的論的方法によつてその規範的意義を明らかにしなければならず、場合によつては同じ言葉でもその奉仕する目的によつて異つて解すべきであることは所論の指摘をまつまでもないが、法二五条および規則二七条は単に「採捕してはならない」というのであつて、法および規則の行政目的、規制対象にかんがみても、「採捕」を日常用語的意味と異つた意味に解すべき理由がなく、徒らに行政取締の便宜のため採捕行為と解することは、不当な拡張解釈というべく、罪刑法定主義の要請から許されないものというべきである。当裁判所は、法二五条および規則二七条にいう採捕とは、現実にとらえるか、容易にとらえ得る状態におく、すなわち、その者の実力支配内におくことをいうものと解するのが相当であると考える。以下所論に対し判断する。

所論は、法二五条および規則二七条にいう採捕の意義は、その立法の目的に従つて目的論的に解釈すべきである。そもそも、法二五条の立法目的は、産卵のため内水面にさく上するさけを濫獲してさけの繁殖を著しく阻害することのないよう、その捕獲を禁じ、もつてさけの繁殖の保護をはかる点にあり、また規則二七条の立法目的は、水域の狭い内水面において、大量捕獲の可能なかさねさし網などの漁具を使用して濫獲することにより水産動植物を著しく減少させることのないよう、それらの漁具等を使用する漁法により水産動植物を採捕することを禁止し、もつて水産資源の保護培養をはかる点にあるといえよう。法二五条および規則二七条のかような立法目的に照すと、原判決の解釈は、右に述べた法および規則の立法の精神を没却するものといえよう。けだし、かさねさし網等の漁具を用いて「さけ」をその網内に帰属せしめる行為と現実にこれを握取する行為との間には、単に行為の段階的差異があるのみで、漁撈行為の実際問題としてはその間になんらの差異はないと主張する。なるほど、法二五条および規則二七条が所論のような立法目的をもつこと、右各条にいう採捕の意義に関しては、右立法目的をも考慮の上解釈すべきであることは、所論指摘のとおりであるが、このことから、採捕を所論のように採捕行為と解しなければならない必然性は必ずしも出てこない。また、行政犯についても、刑法八条により、同法四四条の適用があり、未遂犯を罰するのは、とくに各本条において規定された場合に限られるものと解するのが相当である。すなわち、刑罰法規は、未遂、既遂を区別し、各本条に定めのないかぎり、未遂を罰することができない。未遂、既遂は、まさに、行為の段階的差異ではあるが、かさねさし網等の漁具を用いて「さけ」をその網内に帰属せしめる行為と現実にこれを握取する行為との間には、単に行為の段階的差異があるのみで、漁撈行為の実際問題としてはその間になんらの差異がないとして未遂、既遂の差異を無視することは、刑罰法規の解釈として到底許されない。

所論は、原判決の見解にしたがうならば、取締面において、犯人が現実にその目的物を採捕するまでは拱手傍観しなければならず、また犯人がいつたん採捕しても、その目的物を隠匿放棄すれば、処罰を免れることとなり、取締の実効を帰することが著しく困難となると主張する。しかし、いずれも、取締の難易の問題にすぎず、また処罰と規制とは別個の問題であるから右主張は、原判決の解釈を非難する論拠とはなりえない。

所論は、法二五条および規則二七条にいう採捕の意義を目的論的に解するならば、さけの繁殖の保護をはかるため、産卵のため内水面にさく上するさけを「採捕する行為」、および濫獲を防止し、水産動植物保護のため特定の禁止漁具を使用して水産動植物を「採捕する行為」を禁止する趣意と解することこそ立法趣旨にかなつた解釈であるといわなければならない。さけが漁具にからむと否とは人為以外の偶然事象にすぎないのである。然るに、原判示のごとく解するならば、かさねさし網を用い長時間にわたつて採捕行為をしていても、さけが一尾もその網にからまなかつたときは未遂として処罰の対象とならないのに反し採捕行為をした時間は短時間でも、さけが仮に一尾でもかさねさし網にからんだときは既遂として処罰の対象となることになり、矛盾も甚だしく、法の適用上著しく公平を欠くのみならず、人為に基づかない偶然の事象をもつて犯罪の成否を決することとなり、原判示の解釈は極めて不合理であると主張する。要するに、所論は、法二五条、規則二七条の立法目的、取締目的から採捕行為を処罰する必要性、合理性を理由づける論拠とはなりうるが、いかなる範囲の行為を処罰するかは立法政策上の問題であり、明文をまたずに、採捕を採捕行為と解することは許されない。けだし、採捕行為を処罰することが行政目的のため必要であり、合理的であるならば、それは立法の当初から予想されることであるから、立法の際、採捕行為をしてはならないと規定するか、または未遂罪を処罰する旨の規定をおくかの手当をすれば足り、かような手当を欠く場合に、解釈により、採捕を採捕行為と解することは、立法の欠陥を解釈で補填しようとするもので、まさに、行政取締の便宜のための不当な拡張解釈といわなければならない。

所論は、規則二七条の採捕を原判決のように解すると、同六条との関係で不合理な結果が生ずる旨を主張する。しかし、規則六条は、「次の各号に掲げる漁具又は漁法((1)ひき網以下(16)まで列挙)によつて水産動植物を採捕しようとする者は、漁具又は漁法ごとに知事の許可を受けなければならない」と規定し、その罰則(三七条一号)は「第六条の規定に違反した者」と定めているに止まり、「第六条の規定に違反して採捕した者」とは規定していない。すなわち、同六条、三七条一号の構成要件的行為は、法定の除外事由がないのに、ひき網等によつて水産動植物を採捕するにつき、知事の許可を受けなかつた行為(いわゆる真正不作為犯)であり、採捕した行為でないことは、法文自体から明らかである。したがつて、さし網を使用して採捕しようとした者がその予備段階で知事の許可を受けなかつた点において処罰されるに反して、さし網よりはるかに水産動植物の濫獲のおそれがあるかさねさし網を使用して採捕行為を行つても、その目的物を容易にとらえ得る状態におかなければ処罰されないことになることは、現行法上当然であるから、所論のような不合理な結果が生じてもやむを得ない。しかし、これを所論の見解の根拠とすることは、本末顛倒のそしりを免れない。原判決が規則六条と同二七条とが用語を使い分けしているとし、これを原判示解釈の一つの論拠としているが正当である。

さらに、所論は、旧漁業法等にいう採捕の意義について、現実に採捕すると否とを問わず、採捕すべき行為に出た場合は、これにあたると解すべきであり、この解釈は大審院以来の判例上確立された見解であると主張する。

そこで、判例を顧みると、大審院は、旧漁業法施行規則四七条違反の事案につき「水産動植物ヲ疲憊又ハ斃死セシムヘキ有毒物ヲ使用シテ水産動植物採捕ノ方法ヲ行ヒタル以上実際之ヲ採捕シタルト否トヲ問ハス漁業法施行規則四六条(水産動植物ヲ疲憊又ハ斃死セシムヘキ有毒物ヲ使用シテ水産動植物ヲ採捕スルコトヲ得ス)ノ犯罪ヲ構成ス」(大判大正一四年三月五日刑集四巻二号一二一頁)といい、法定の除外事由がないのに禁止漁具である鉤を使用してさけの採捕行為をしたが、現実に採捕するに至らなかつた旧北海道漁業取締規則三五条違反の事案につき、同条所定の漁具漁法により水産動植物を採捕すべき行為に出た場合は、現にこれを採捕したと否とにかかわらず、右法条に背反するものと解すべきである(大判昭和一三年三月七日刑集一七巻三号一六九頁)としたが、最高裁判所は、旧漁業法七〇条にいわゆる「採捕」とは、水産動植物を採取捕獲する目的で有毒物又は爆発物を使用し者が、現実にその動植物を取得占有するに至つた場合のみに止まらず、有毒物又は爆発物の使用により動植物を疲憊斃死せしめ容易に捕捉し得る状態に置いた場合をも指称するものと解するのが相当である(最判昭和二八年七月三一日刑集七巻七号一六六六頁)とし、同法六八条にいわゆる採捕につき、魚類を捕獲するために爆発物を使用し、魚類を容易に捕捉し得る状態に置くにおいては該魚類は爆発物使用者の支配内に帰属するものということができるから、現実にこれを拾い集めて取得すると否とを問わず、右法条にいわゆる「水産動植物を採捕」したものと解するのを相当とする(最決昭和二九年三月四日刑集八巻三号二二八頁)とした。最高裁判所判例は、従来の大審院判例を変更する旨明言していないが、旧漁業法施行規則と旧漁業法とは同一の法令ではないから、意見が変つても、いわゆる判例変更には当らないから判例を変更する旨明言していないことは異とするに足りない。そして右の判例を対比すれば、最高裁判所判例は従来の大審院判例を変更したものと解するのが相当である。そして、法二五条および規則二七条にいう採捕も、最高裁判所の右判例と同趣旨に解するのが正当なものというべきである。

結局、法二五条および規則二七条にいわゆる採捕の意義についての原判決の解釈は正当であり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり、判決する。(関谷六郎 寺内冬樹 中島卓児)

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